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ウィンストン・チャーチルの自伝

(月発売)
ページ (ISBN : 4311001746)
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戦時内閣の首相として第二次世界大戦を勝利に導いた「チャーチル」の自伝。「偉大な英国人」投票で第1位。
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ウィンストン・チャーチル (1874年-1965年)について
サー・ウィンストン・レナード・スペンサー=チャーチル。

イギリスの政治家。1940年から1945年にかけてイギリス戦時内閣の首相としてイギリス国民を指導し、第二次世界大戦を勝利に導く。大戦終結後に再び首相となる。

フランクリン・ルーズベルト、ダグラス・マッカーサーとは遠戚関係にある。 2002年、BBCが行った「偉大な英国人」投票で第1位となった。

1874年、ウッドストックのブレナム宮殿に生まれる。
父ランドルフ・チャーチルは第7代マールバラ公の息子で、のちに保守党の領袖となり蔵相などをつとめた有力政治家であった。また、母はアメリカの銀行家レナード・ジェロームの次女で、社交界の花形であったジャネットである。

幼年時代に寄宿学校(ハーロー校)に入れられ、厳格な教育を受けた。学校時代の成績は終始ふるわず、士官学校に入るのにすらたいへんな時間がかかったという。

《政治家へ》

1895年にサンドハースト王立陸軍士官学校を卒業し、騎兵隊少尉に任官。 その後、軍事顧問としてキューバやインドに赴き、本国の雑誌に記事を寄せた。

1899年のボーア戦争には従軍記者として参加。ナタールで敵に捕われ、捕虜となるが脱走に成功、知名度を飛躍的に高めた。その後、アフリカ軽騎兵連隊に入隊し、記者の活動を続けながら戦闘にも従事した。

除隊後、これらの体験を著書として発刊し、4000ポンドの収益と名声を手に入れ、1900年、保守党から下院選挙に出馬し、初当選を果たした。

1904年、保護関税問題から保守党を離党し、自由党に移籍した。1906年の総選挙で自由党が勝利すると、植民地相次官、商務相、内務相を歴任した。1908年、11歳年下のクレメンタインと結婚。

《第一次世界大戦期》

1911年、海軍相となり、在任のまま第一次世界大戦を迎えた。
しかし、敵国となったオスマン帝国のダーダネルス海峡制圧をねらって彼が推進したガリポリの戦いは、イギリス軍の惨憺たる敗北に終わり、「ガリポリの肉屋(屠殺者)」と批判され、内閣を去らねばならなかった。この時から絵筆をとり、以後の50年間に500点以上の作品を残した。繊細で穏やか、かつカラフルな風景画が特色である。

1917年、ロイド・ジョージ内閣の軍需相として政権に復帰。 戦争推進のために意欲的に働き、1919年以降はロシア革命に対する干渉を露骨に実施する役割を果たした。1922年には落選して政権を去ったが、この間「反社会主義」の立場を鮮明にして保守党に再接近した。1924年の選挙では保守党支持で立候補して当選し、スタンリー・ボールドウィン内閣の財務相に就任した。

《第二次世界大戦期》

第二次世界大戦がはじまると、内閣に招かれて再び海相に就任。1940年にはネヴィル・チェンバレン首相の後任として首相に任命され、自ら国防相を兼任して陸海空の幕僚長を直接指揮する形をとり、挙国一致内閣を率いて戦時指導にあたった。

また、ラジオや議会での演説を通じて国民に戦争協力を呼びかけ、総力戦を組織化していき「バトル・オブ・ブリテン」を勝利に導くなど、強力な指導力を見せることになる。戦争が終結に近づくと、ヤルタ会談、ポツダム会談などに参加して戦後体制の策定にも携わった。

しかし、大戦の終わる直前の1945年におこなわれた総選挙で保守党は、 クレメント・アトリー率いる労働党に敗北した。敗北が確定したのはポツダム会談中だったため、同行していたアトリーに全権を委ねて帰国することになった。

《冷戦期》

その後、トルーマン大統領の招きでアメリカを訪問し、各地で演説を行ったが、1946年、ミズーリ州フルトンで行った演説でヨーロッパの東西分断を評した「鉄のカーテン」演説を行い、アメリカ・ソビエトを軸にした冷戦の到来を予言。

1951年の総選挙で保守党が勝利すると、再び首相に就任したが、国際問題に悩まされ、大英帝国の衰退を告げる下り坂の時代に終始した。イランでモハンマド・モサデク首相がイギリス系の石油会社アングロ・イラニアン石油の国有化を宣言し、イランの石油権益が失われた。植民地ケニアでは、キクユ族による抵抗運動から1952年に非常事態宣言が発令されてマウマウ戦争に発展し、イギリスは植民地政策の転換を迫られた。マレーシアでも独立の機運が高まって反英ゲリラの闘争が頻発し、近い将来にマレーシアが独立することを承認せざるを得なくなった。

アトリー労働党政権とは逆に、鉄鋼や運輸分野において非国有化を行った。

1955年、首相職をアンソニー・イーデンに譲り、引退。
1963年にはアメリカから名誉市民権を贈られた。
1965年、病没し、平民のためとしては史上初となる国葬によって葬られた。

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