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萩本 欽一の自伝

(月発売)
ページ (ISBN : 4537254688)
¥ 円
野球拳、あっちむいてほい、天然ボケの火付け役。野球チームの監督でもある「欽ちゃん」の初となる自伝。
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萩本 欽一 (1941年-)について
東京都出身のコメディアン、タレント。

大衆からはもとより、芸能界でも先輩・後輩問わず「欽ちゃん」の愛称で呼ばれる。日本野球連盟茨城ゴールデンゴールズ監督、司会者、演出家としても活動している。

幼い頃から裕福な家庭で育っていたが、カメラ・メーカーであった父親の事業の失敗で極貧生活を強いられる。極貧の生活を抜け出したい萩本は、 映画で『面白い人が面白いことをしてお金を貰っている姿』を見たことがきっかけで中学卒業と共に芸人を目指し、浅草を代表する喜劇役者・大宮敏充の元へ弟子入りを請うが、「せめて高校を出てからおいで」と断られる。

高校卒業後、東洋劇場に入団。研究生としてコメディアンの卵となる。

その後、父親の家が火災になり、父親を助けるためにコメディアンを辞めようとしたこともあったが、それを聞いた先輩芸人が劇場の関係者からカンパを募り、約60万円を萩本に渡した。このことがきっかけで、コメディアンを続けていくことを決意したという。

コント55号(相方:坂上二郎)で人気絶頂期の頃の1971年「スター誕生!」の初代司会者としてソロ活動を始める。以降、間を置いて1981年には高視聴率番組が続き、各番組の合計した視聴率の数字から「100%男」の異名を取る。これらの番組から人気芸能人が生まれ、彼らは『欽ちゃんファミリー』として巣立った。

曲に合わせ踊りながらじゃんけんをして、負けた者が服を脱いでいく『野球拳』や、じゃんけんの『あっち向いてホイ』は欽ちゃんの番組で放送されたのをきっかけに全国に広まったもので、『天然ボケ』という言葉も 欽ちゃんが定着させた。

1998年には、長野オリンピックの閉会式司会を担当。

2004年には、日本野球連盟加盟を目指し、社会人野球チーム 「茨城ゴールデンゴールズ」を結成。萩本は、独自のマイクパフォーマンスや女子選手・元プロ野球選手・お笑い芸人などの参入など、前例のないチーム作りを推進し、アマチュア野球随一の人気チームへと成長させた。

2008年の北京オリンピックの聖火リレーのランナーとして長野駅前を走った。

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